2021年3月13日土曜日

月山パウダー滑降

  2月27日、午後から晴れの予報を信じて、ヒデさんと月山志津から姥ヶ岳中腹を目指す。

今回はオレンジ色のトラックです


 志津は風雪。すでに10台近く駐車。準備中のパーティーもある。こちらは外に出たくないモードで、ぐずぐずするが、少し明るくなったところでGO。

 今回は四谷川方面に向かう。

 本当は小沢の手前の丘から入るんだけどと言いながら、まぁ奥から入っても大丈夫だろうといい加減モードで、ゆるい傾斜から入る。小さな起伏を緩やかに登っていくと沢に阻まれる。沢沿いに進むと志津野営場に出た。ようやく沢を渡ることが出来、夏道方面へ舵を切る。

 夏道と合流したが、かまわず登り続ける。雪崩注意の急斜面のふもとに出る。ヒデさんから行き過ぎコール。いやいや適当が楽しい等とうそぶきながら、ふもとを横切る。その先は開けた斜面。ここ滑る?なんて言いながら、先に進む。尾根伝いに登っていくと、傾斜は急になってくる。雪が飛ばされたカリカリバーンも現れ、骨が折れる。ここも結構なアルバイトとなってしまう。


 斜面が緩やかになるとすぐ広い尾根に出る。キャットが通過していた。その跡を追うと、楽々と姥沢に出た。キャットは姥沢のはずれ、夏なら協力金徴収小屋あたりまでハイカーを運んでいた。ハイカー、スキーヤーは上に登る人は無く、そこから石跳方面に下っているようだった。


 こちらは、そのまま重くて深い雪を進み、リフト乗り場で腰を下ろして休んでから、リフトの真下を上っていく。風に飛ばされているのか、それほど雪は深くなく、1400mあたりからはカリカリで、これ以上登ってもあまりスキーは楽しくないだろうと、沢に降りることとした。標高を欲張ったが、ヒールフリーでシールが効かないトラバースは、固いバーンではかなりやばかった。


 沢は、かなりの深雪で、また新雪だけど重く、わたしには初体験くらいの難しいスキーだった。どう滑って良いのかわからないけど、ちょっと動くとスキーの軌道も変わる感じで、タコ踊り的カッコウだったと思う。

 颯爽と滑っていたヒデさんが撃沈して、本当に雪の中に沈んだ。その後を付いていたわたしも避けきれず大破。大笑いしながら、しばらく二人して雪の中でもがいた。

 リフト乗り場の標高を保ちながらトラバースし、石跳側に出る。ここで昼。

 石跳には下りずに、1015ピークを目指して、そこから自然観察小屋を経て南下するコースを取る。

 石跳の対岸を見ながら進むと、途中、幾つものトレースと合流。車道が見える。ネイチャーにはスノーモービル一行の姿があった。今日の深くて重い雪のツアーも終了。

 やっぱり月山は良いです(^^)/


2021年3月10日水曜日

2月の岳さんツアーは、不忘山スキーツアー、仙人沢アイスクライミング、三宝荒神蔵王ダムスキーツアー

 2月は三週続けて岳さんツアー。

 7日、不忘山は藪のスキー。

 不忘山の山スキーといったら、コガ沢に滑り降りるものだと思いこんでいた。初見で単独では、沢に降りる自信が無かったので、ツアーに参加した。

 そんなつもりだったが、スキー場からコガ沢右岸沿いに山頂を目指すも、下り降りたのは二ッ森山からの夏道を経てスキー場に戻るルートであった。ブッシュが埋まりきっていない斜面でのスキーは、むしろ難しく、山を駆け巡る道具としてのスキー技術を試された感があった。最後はパックされたゲレンデを滑り降りたが、山の中のスキーの楽しさを実感した山行でもあった。




 13日は仙人沢でアイスフォールクライミング。
 二本の氷柱の間、背中を押し付けて登った、邪道だけど。アイゼンの前爪を使うことが出来なかった。まったく、蹴り込めない。アイスアックスは、振り回しているうちに、突き刺さってくれたが、足が使えないのでは登れない。
 技術がないので、道具こそ大事ということを感じさせられた。まぁ、懸垂下降で沢に降りたことも含め、楽しめました!



 21日は三宝荒神から蔵王ダムへ。
 沢に降りるまでは、這松のシュカブラで、おっかなびっくり。


 沢は狭く、ターンは上って下ってになる。

   
 ちょうど、名号峰への登山道が沢を横切るあたりから尾根に入り、緩やかな傾斜のアオモリトドマツの林を降りていく。樺の木が見え始めると、それなりの急斜面になり快適滑降。でも雪重い。ここを下ると雨量測候所。
 さらに、だらだらと下っていくと鍋倉不動。ここまでは問題なし。

 
 ここからは尾根は痩せ、傾斜は急になり、雪の付きも悪く、スキー向きではない。途中から旧の登山道沿いに沢へ下る。急で狭く、あまり楽しくない。沢を進むと葉ノ木沢の河原に出る。堰堤を渡渉し、沢沿いに進むと蔵王ダム周遊の道に出る。



 地蔵から八方沢源頭に飛び込んでいくのが楽しいと思います。

2021年3月5日金曜日

藪藪の羽竜沼西尾根

 竜山から西に延びる尾根が気になって、羽竜沼から入ってみた。

 以前、竜山の大滝氷柱まで行ったついでに途中から尾根にしがみつき、1189ピークまで行ったことがる。この1189ピークからほぼまっすぐ西に延びる尾根が開けている感じがして、スキーで来てみたいと思ていた。

今回のトラックは赤ライン


 羽竜沼の東屋から直ぐの尾根に取り付くと、散策路らしき道型があり、途中に放牧場を示す道標があった。

 尾根伝いに登るほどに小枝が邪魔する。次のピークまで行ったら開けるかと、萎える気持ちをだましだまし進んだが、803ピークの先に行っても藪っぽく、嫌になり下ることとした。

 下りこそ、狭いし枝枝だし、スキー滑降は怖いほど、不適だった。



 途中、羽竜沼に向かい、少し開けた感じの斜面があったので、滑り降りてみるも、技術がついていかず、あまり楽しくなかった。

 羽竜沼は氷が張り、氷面にはカモシカらしき一直線の足跡もあった。随分と静かな佇まいだった。

 ほどなく、羽竜沼沿いの散策路となり、東屋に帰る。

 林道はスノーモービルで圧雪されていた。犬連れの若い夫妻が散歩をしていた。軽く会釈をし、林道を滑り、羽竜沼を後のした。



2021年3月4日木曜日

快晴月山(1月25日)

 言うことなし。




最高の月山。

 

姥ヶ岳からは鳥海山も。

 昨日もすごい人出だったようだ。

 改めて、月山というフィールドの近くにいる幸せを感じる。

関沢あたり

  元旦ミニ山スキーで弾みがついた。

 17日にはトンガリ山直登尾根から山形神室、笹谷峠経由の周回を楽しんだ。


 風も強く、視界もあまり良くなかったが、山形神室まで行こうという気になったのは良かった。他の登山者の存在に励まされたと思う。

 前山は藪は埋まりきらず、スキーには適さない。里に比して山はあまり雪は多い感じはしない。



 22日には天候も安定していたので1238ピークの尾根を辿り雁戸山を目指すも、気温が高く、重い湿雪に汗が吹き出し、急斜面にも手こずって、ペースが上がらず、いよいよ雁戸山の稜線に続く平原に出る手前の1250m付近の尾根でタイムアウトとなる。



 下ってみて改めて感じたが、結構な急斜面の連続で、ラッセルをしながら登るにはタフなコースと言える。やはり、雪が締まった春向きのコースだ。

丑年元旦、ぼちぼちの山

 山初めはスキーで笹谷峠。息子は元旦から仕事で、お屠蘇の気分にもなれず、それではと、笹谷峠に向かう。いよいよ、やることがないから山でも行くかの領域。

 久々のシール登行に息も上がるが、冷たい空気と柔らかな雪の爽快感が苦しさに勝る。

 スノーシューの先行者がある。やや深雪のためか、スキーに利があるようで追いついてしまう。「適当に行きますんで」と声をかけて先行する。夏道は行かないよと言ったつもりであった。

 800mあたりで夏道を進行方向右に大きく外し、樹林の中を行く。そのまま登り続ければ八丁平の鉄塔下あたりに出たのだろうが、コースに戻るため左に舵を切ると車道に出た。車道から夏道に入る。駐車場手前の細く急傾斜になる箇所でシールが剥がれた。それを潮時に下山。準備をしているとハイカーが追いついてきた。「シールが剥がれちゃって。もうそこですけどね」と言い訳しながらお気をつけてを言う。

 下山は自分の足跡を辿った。ハイカーも跡を追っていた。少しでも滑降しやすい場所を探して夏道を外れたので、ハイカーは無駄骨を折ったと思う。ところで、滑降は、樹間は狭く、藪も埋まりきっていないため、自分の技量ではターンをつなぐことが出来なかった。

 途中、他のシュプールを見つけて、滑りに適したところがあるのかと欲を出したが、小尾根があって、かえって手間を取らせられた。それでも、下山はあっという間だ。

 2時間ほどの山スキーであったが、元旦に山に入ったことで、自分の気持が奮い立った気がした。山のレイキを前向きに感じられたことで、山が来ても良いよと言ってくれた気がした。

 

2020年12月30日水曜日

ころびました

 ころびました。

 山で、こんなに派手に転倒したのは初めてです。

 アイゼンを引っ掛けました。

 木曽駒ヶ岳からの下山中です。ほとんど雪に覆われていない夏道の、土留の金網に、恐らく、左足前方外側の爪を引っ掛け、重心が移動しているのに、受け止める足がなく、左側斜面に頭からダイブしました。

 おでこ左端にタンコブを作りました、生まれてはじめてです。左膝の、まさにお皿を強打しました。後で確認にしたら2mmくらいえぐれていました。幸いなことにメガネは無事でした。

 ツアーメンバーには看護師さんがいて、小袋に雪を入れ、タンコブ部分を冷やすように言ってくれました。これが良かったと思います。押し付けると痛いのですが(ボクサーの腫れ止も痛いのかなぁ)、後悔や自責の念の重さも併せて我慢し、押し冷やし続けました。知りませんでしたが、放っておくと、タンコブは垂れ下がるほどに大きくなるようです。翌日は、人前で挨拶をしなければならない身としては、何よりありがたいことでした。

 傷の手当もしてもらいました。サイズの大きなカットバンや消毒薬を持ち歩くべきこと(普通の傷薬は、どちらかというと痛み止めに近いようです)を、身を持って知りました。

 考えていました。雪山入門という触れ込みなのに、ピックの向きしか教えてくれていない。まぁ、雪が少なく、滑落停止訓練は無理だなぁ・・・とか、ぼーっと考えていました。

 そういうことです。そもそも、12本爪はいらない状態でした。でも、それこそが訓練なのかもしれません。また、ヘルメットもかぶっていませんでした。実は、ヘルメットは持って行こうとしていましたが、同行者は持っていかないというので、簡単に同調してしましました。自分の実力で判断すべきでした。更に、もはや若くはないということも考慮しなければなりませんでした。

 素晴らしい天候の木曽駒ヶ岳。これまでは思い入れがあった山ではありませんが、日本アルプスでは奥穂と同じ回数登ったことになり、記憶に刻まれなければならない山になりました。これからは、思い入れを持って、また、登りに来たいと思います。

 硬膜外血腫にならないことを祈りながら、今年は山以外でもアクシデントに見舞われ続けているので(;_:)、年が明けて、リセットされることを祈っています。