2021年3月5日金曜日

藪藪の羽竜沼西尾根

 竜山から西に延びる尾根が気になって、羽竜沼から入ってみた。

 以前、竜山の大滝氷柱まで行ったついでに途中から尾根にしがみつき、1189ピークまで行ったことがる。この1189ピークからほぼまっすぐ西に延びる尾根が開けている感じがして、スキーで来てみたいと思ていた。

今回のトラックは赤ライン


 羽竜沼の東屋から直ぐの尾根に取り付くと、散策路らしき道型があり、途中に放牧場を示す道標があった。

 尾根伝いに登るほどに小枝が邪魔する。次のピークまで行ったら開けるかと、萎える気持ちをだましだまし進んだが、803ピークの先に行っても藪っぽく、嫌になり下ることとした。

 下りこそ、狭いし枝枝だし、スキー滑降は怖いほど、不適だった。



 途中、羽竜沼に向かい、少し開けた感じの斜面があったので、滑り降りてみるも、技術がついていかず、あまり楽しくなかった。

 羽竜沼は氷が張り、氷面にはカモシカらしき一直線の足跡もあった。随分と静かな佇まいだった。

 ほどなく、羽竜沼沿いの散策路となり、東屋に帰る。

 林道はスノーモービルで圧雪されていた。犬連れの若い夫妻が散歩をしていた。軽く会釈をし、林道を滑り、羽竜沼を後のした。



2021年3月4日木曜日

快晴月山(1月25日)

 言うことなし。




最高の月山。

 

姥ヶ岳からは鳥海山も。

 昨日もすごい人出だったようだ。

 改めて、月山というフィールドの近くにいる幸せを感じる。

関沢あたり

  元旦ミニ山スキーで弾みがついた。

 17日にはトンガリ山直登尾根から山形神室、笹谷峠経由の周回を楽しんだ。


 風も強く、視界もあまり良くなかったが、山形神室まで行こうという気になったのは良かった。他の登山者の存在に励まされたと思う。

 前山は藪は埋まりきらず、スキーには適さない。里に比して山はあまり雪は多い感じはしない。



 22日には天候も安定していたので1238ピークの尾根を辿り雁戸山を目指すも、気温が高く、重い湿雪に汗が吹き出し、急斜面にも手こずって、ペースが上がらず、いよいよ雁戸山の稜線に続く平原に出る手前の1250m付近の尾根でタイムアウトとなる。



 下ってみて改めて感じたが、結構な急斜面の連続で、ラッセルをしながら登るにはタフなコースと言える。やはり、雪が締まった春向きのコースだ。

丑年元旦、ぼちぼちの山

 山初めはスキーで笹谷峠。息子は元旦から仕事で、お屠蘇の気分にもなれず、それではと、笹谷峠に向かう。いよいよ、やることがないから山でも行くかの領域。

 久々のシール登行に息も上がるが、冷たい空気と柔らかな雪の爽快感が苦しさに勝る。

 スノーシューの先行者がある。やや深雪のためか、スキーに利があるようで追いついてしまう。「適当に行きますんで」と声をかけて先行する。夏道は行かないよと言ったつもりであった。

 800mあたりで夏道を進行方向右に大きく外し、樹林の中を行く。そのまま登り続ければ八丁平の鉄塔下あたりに出たのだろうが、コースに戻るため左に舵を切ると車道に出た。車道から夏道に入る。駐車場手前の細く急傾斜になる箇所でシールが剥がれた。それを潮時に下山。準備をしているとハイカーが追いついてきた。「シールが剥がれちゃって。もうそこですけどね」と言い訳しながらお気をつけてを言う。

 下山は自分の足跡を辿った。ハイカーも跡を追っていた。少しでも滑降しやすい場所を探して夏道を外れたので、ハイカーは無駄骨を折ったと思う。ところで、滑降は、樹間は狭く、藪も埋まりきっていないため、自分の技量ではターンをつなぐことが出来なかった。

 途中、他のシュプールを見つけて、滑りに適したところがあるのかと欲を出したが、小尾根があって、かえって手間を取らせられた。それでも、下山はあっという間だ。

 2時間ほどの山スキーであったが、元旦に山に入ったことで、自分の気持が奮い立った気がした。山のレイキを前向きに感じられたことで、山が来ても良いよと言ってくれた気がした。

 

2020年12月30日水曜日

ころびました

 ころびました。

 山で、こんなに派手に転倒したのは初めてです。

 アイゼンを引っ掛けました。

 木曽駒ヶ岳からの下山中です。ほとんど雪に覆われていない夏道の、土留の金網に、恐らく、左足前方外側の爪を引っ掛け、重心が移動しているのに、受け止める足がなく、左側斜面に頭からダイブしました。

 おでこ左端にタンコブを作りました、生まれてはじめてです。左膝の、まさにお皿を強打しました。後で確認にしたら2mmくらいえぐれていました。幸いなことにメガネは無事でした。

 ツアーメンバーには看護師さんがいて、小袋に雪を入れ、タンコブ部分を冷やすように言ってくれました。これが良かったと思います。押し付けると痛いのですが(ボクサーの腫れ止も痛いのかなぁ)、後悔や自責の念の重さも併せて我慢し、押し冷やし続けました。知りませんでしたが、放っておくと、タンコブは垂れ下がるほどに大きくなるようです。翌日は、人前で挨拶をしなければならない身としては、何よりありがたいことでした。

 傷の手当もしてもらいました。サイズの大きなカットバンや消毒薬を持ち歩くべきこと(普通の傷薬は、どちらかというと痛み止めに近いようです)を、身を持って知りました。

 考えていました。雪山入門という触れ込みなのに、ピックの向きしか教えてくれていない。まぁ、雪が少なく、滑落停止訓練は無理だなぁ・・・とか、ぼーっと考えていました。

 そういうことです。そもそも、12本爪はいらない状態でした。でも、それこそが訓練なのかもしれません。また、ヘルメットもかぶっていませんでした。実は、ヘルメットは持って行こうとしていましたが、同行者は持っていかないというので、簡単に同調してしましました。自分の実力で判断すべきでした。更に、もはや若くはないということも考慮しなければなりませんでした。

 素晴らしい天候の木曽駒ヶ岳。これまでは思い入れがあった山ではありませんが、日本アルプスでは奥穂と同じ回数登ったことになり、記憶に刻まれなければならない山になりました。これからは、思い入れを持って、また、登りに来たいと思います。

 硬膜外血腫にならないことを祈りながら、今年は山以外でもアクシデントに見舞われ続けているので(;_:)、年が明けて、リセットされることを祈っています。



2020年12月14日月曜日

なんだか

 5月の倉出山以降、ブログが止まったまま。

 実は山には登っている。

 自分としては、新たな経験、自分を知ることとなるような山行もあった。

 ひでさんと行った飯豊山は忘れられない。


 でも、登っているときの高揚感や満足感は、日常に戻ってしまうと、振り返ることも億劫になるほどに、消えてしまう。

 そうして、最近は、自分から山に向かおうとするエネルギーすら失われている。


 だからなのか、6月の東鴉川を皮切りに

 8月の仙人沢(笹谷)

 そしてジャンダルムは西穂奥穂縦走、

 10月の五頭連峰はハゲ沢、


 11月は鎌倉山岩登り講習、


 12月の木曽駒雪山講習と、


岳さんツアーに参加している。

 

 山には行きたいのである。

 山に行き、自らを確かめたいのである。

 しかし、自信は、年齢とともに、失われている。

 晴天に誘われて、初冬の朝日に独り向かうような、エネルギーは枯渇している。

 いやだな。


 泣き言に付き合ってくれてありがとう。

 次からは、違う物語になりますように。




2020年7月25日土曜日

山形山百89番倉手山(2020年5月24日)

 
倉手山に登る。

倉手山 急登喘ぎ 天至り 我が腕にて 飯豊包まん



倉手山を降り、梅花皮沢は、梶川の出合へ高巻きが始まる辺りの、丁度手前まで行き、昼飯とした。

昼食は 雪消え芽立つ 急斜面 母猿子ザル ボス猿のたり


花々もまた瑞々しく陽光に映える。