2020年6月7日日曜日

山形山百95番家形山(2020年5月18日)

 ようやく県内の山登り解禁。
 五色沼を目指して、米沢から家形山に登ることに。

 家形山は1877m。山形百名山では7番目の標高を誇る。ベスト8とは知らなかった。福島側からだと、比較的簡便に登れるからか、山に対する敬意が欠けていたかもしれない。

 五色沼が目当てなので、本当は浄土平から登りたかった。しかし越境自粛である。ちょっと出たくらいで目くじらを立てるなよと言いたいが、自粛警察なるアンポンタンに関わり合いになるのも馬鹿らしい(山形や福島にそうした輩がいるかどうかは、知りませんが)。滑川から登ることとする。初めてのコースだった(30年前に姥湯から兵子(ひょっこ)に登ったことはあった)。

 滑川温泉手前で、姥湯に至る林道へ左折。暫く進むと4、5台は止めれる舗装されたスペースが谷側に現れる。高倉新道の登り口。
 登山道入り口は明瞭ではない。ちょっと戸惑うが、高倉新道(米沢山の会)という三角看板がくくりつけてある。高倉山の麓をたどりながら緩やかに登っていく道はよく踏まれている。ブナ二次林の中を進む気持ちの良い道も、倉沢(鎌研沢)を超えたあたりから霧ノ平に一直線に向かう上りとなる。傾斜がきつくなるにつれ、エグれ、ドロ道となる。


水場があり⇓

 
 
























 この日は暑かった。標高を上げても、気温は下がらず、ややバテた。
 小休止した霧ノ平から西を望むと、とんがった久蔵森、そこから左へ、奥は白く輝く東大巓、手前は薬師森(その麓に姥湯がある)。さらに左は奥が烏帽子山、手前に重なる大日岳。さらに左に偽烏帽子とぴょこんと兵子。そして家形山へと続く。


 霧ノ平は家形山と高倉山の鞍部になっている。5分も進むと神楽新道との合流点。直ぐに神楽石が現れる。登ってはみなかったが、舞台のように吾妻山の眺望が良いのだろうか。
 標高1500mくらいまでは平坦な地形を進む。所々ガレ場が現れる。風衝地か。残雪が茶色に染まっていたが、黄砂か。もしかするとガレ場から吹き上げられた土なのかも知れない。

 オオシラビソの林に入ると清々しい。
 小枝に密集する葉は日差しをさえぎり気温を下げる。それ以上に、オオシラビソの静かな呼吸が森を浄化している。そんな感じだ。
 林床に点々と群落を成すバイカオウレンの清潔な白い花は、この森に如何にも似つかわしい姿だった。

 登山道は、1700mを過ぎ、一山越したあたりから、傾斜は急になる。ちょうど1800mあたりの急斜面に雪が残る。十分に緩み、キックステップで難なく登れるのだが、谷まで続く雪面は滑落の恐怖を呼び起こす。念の為、カンジキを履く。キックステップでつま先をねじ入れた時、カンジキが雪面に張り付き、安定感が増す。安心感も増す。
            

 急斜面の次の痩せ尾根を超えると平坦な家形山の山頂一帯となる。適当にコース表示を探しながら林を抜け、クマザサの中の道を右手に五色沼を見ながら進むと直ぐにガレ場の山頂。五色沼に感激し、山頂での写真を取り忘れたが、山頂の表示は無く、ケルンが積んであった。



      
 





   








                             帰路もクライマックスは急な雪面下り。
 

 クライムダウンでヤレヤレの1600mであたりで北西に下る尾根を登山道は乗り越えて行く。上りでは視野にも入らなかったが、下りでは如何にも歩きやすそうで、コースが続くような尾根筋が目の中に飛び込んで来る。下るのか、足跡はあるか。念のためGPSを開く。その尾根じゃない、その倒木の先にトラックは続いてる。本当にその一瞬の思い込みが遭難に誘う。新潟の里山での親子の遭難死を思い出さずにはいられなかった。


 高倉新道と霧ノ平の出会いまで下りすぎたが、戻り返し、神楽新道を降りる。一部、道がはっきりしないところもあったが、泥道もなく、思ったほどの急坂でもなく、歩きやすい道だった。上りも下りも神楽新道のほうが合理的だと思う。

 車道を下る頃には、気温も下がったのか、広葉樹林の新緑を、優しく霧が覆っていた。



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